麗華舞う!

信on天翔の戦場に舞う麗華隊の日記
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新春に舞う!

新年明けましておめでとう
   今年もよろしくお願いします。

昨年は皆様大変お世話になりました
うちの”新人「美冬」も、そんな皆様のおかげで
だいぶ育ちましたw
特に後半は練磨の刻を利用してかなり急ピッチで
育てました。 なぜかというと・・・
そうです! ついに始まる「天地人」
天地人 (覚えたてw)
天地人
地元魚沼出身の武将「直江兼継」の生涯を描いた
大河ドラマが始まります。

 全国的にはそれほど知られてない上杉家の一武将
原作を読んだけどいったいどこで盛り上げるのだろうか・・・
 あのキャストは・・・パパイヤ・上地が武将では
上杉家のイメージが・・・
 大好評だった「篤姫」のあと、福山の「竜馬伝」の谷間で
どれだけ活躍できるだとうか・・・
 地元での「天地人博」の会場が農協の米倉庫で大丈夫か・・・

などと言う些細な不安もありますが・・・
皆さん初日ぐらいは見てあげましょうw

ってことで本年もよろしくです!





美冬舞う! | permalink | comments(2) | -

過ぎゆく刻のなかで

早いものであっという間の1年でした
レベルも上がらず合戦の武将強化、廃人たちの対人にもまれ・・・
いまいち活躍もできなかったかな::
それでも皆さんとご一緒した合戦は楽しいものです^^

それにしてもハイレベル(レベルと装備)の方が増えましたねー
とくに年末にかけての、”練磨の刻”なんかは単調な狩りで
あっという間にlv60になれるとか・・・
(私は早々挫折しましたが)

とにかく皆さんと楽しいひと時を過ごせて
今年も一年お世話になりました。
みなさんはどんなお年でしたか?

良い年越しを   すいれん

麗華舞う! | permalink | comments(0) | -

京都見聞録 〜二条城〜

二条城
歴史の糸をひも解くと、必ず時代の節目にでてくる
不思議な城

登場は、没落し権威だけの足利家を利用しようとした織田信長が
担ぎあげのために作った屋敷
治安の悪い、また情勢が不安定な時だったので
堀などを張り巡らし多少の防御力はあったそうな
その後利用価値の無くなった足利はここを追い出される

次の舞台は関ヶ原あとの徳川家が改築
これはかなり大規模であって
周囲に立派な石垣と堀を巡らし
二の丸本丸と立派な天守閣(雷で焼失)を構えてのもの
平城なので防御力はさほどではないが、周りを威圧するには
もってこい 
これは政治的ねらいが大きく、政治の中心京都に城を構え
”天下の主”は京都に知らしめること
堀の水を引くのに朝廷を庭園の水を引き込ませるなど
かなり強引に推し進め朝廷にも“天下のしおき”は
徳川をしめす効果もあったそうな
ここに豊臣家を呼びつけたのもセレモニーの一つでした

次の時代の節目もここ
長くつづいた徳川が政権を朝廷に返す世にいう
”大政奉還”
徳川将軍が帝に頭を下げた場所

そして現在も・・・実はあまり知られてないが
”遷都の詔”が出されてないので天皇さんは
「東京にでかけてるだけ」とおもってる京都人も
いるそうな

歴史っておもしろいですねぇ〜
水錬にっき | permalink | comments(0) | -

京都見聞録 〜三千院〜

三千院・・・う〜ん響きがいいですねぇ〜

そんな理由で選んだ場所は、京都の中心からはなれ
高野川を上流に位置する大原の地
小さな集落に三千院、勝林院、宝泉院などが立ち並びます
どれも結構な山寺、境内まではかなりの登り道でした

三千院
「東洋の宝石箱」とたとえた聚碧園
宝泉院
「盤垣園」は立ち去りがたいという意味
ここの柱と柱との空間を額に見立てて鑑賞する
額縁庭園はなかなかのものでした
ただ、そんな風情なお寺の天井は伏見城で討ち死にした
武将の血をあびた”血天井”くっきりみえます!
京都の各所のお寺に供養のため分散してあるとか
なるほど〜、お寺ってそういうとこですもんね

大原の地をはなれ、夜は鴨川のほとりの豆腐の料亭にいきました
うまいっ! とうふ うまいっ!!
ほんとに京都の豆腐はうまいんですね
聞くところによると、京都の地下水がいいらしいんです

やはり千年の都が栄えるのは水でしょうね
だから
”水”がいる上杉も永遠に栄えるはずですw
水錬にっき | permalink | comments(0) | -

京都見聞録 〜上洛編〜

先月とある事情で水鎌は上洛してまいりました
出発地は越後は坂戸山城
稲穂の実った秋晴れの日でした

越後を出発し三国街道を関東方面に、日本海から太平洋にと・・・を?
考えて見れば、甲斐に武田、相模に北条など幅をきかせてるけど
日本海と太平洋の両方を眺めることができたのは謙信様だけだったのでは?
武田も北条も所詮田舎侍ってことですかねw
そんなことを思いつつ東海道を西へ、京の都にむかいました

京都 平安京の昔から日本の中心であった千年都市
ところで皆さん上洛の意味しってます?
かの平安京、中国の長安・洛陽を模して作られた都市で
中央を羅生門(入口側)から朱雀門(禁裏側)に幅80mの朱雀大通が走り
その左右を左京・右京と名付けられました
ちなみに都は天子様が中心なので禁裏から出口をみて左京・右京なので
地図でみると右が左京となります

その左京と右京ですが、大きく発展してほしいとのねがいから
左京を洛陽、右京を長安と呼び名をつけましたが
右京は湿地のため廃れてしまい左京のみの発展となり
こちらが中心都市となりました
なので京に上ることを洛陽の”洛”の字をとり
「上洛」と言うようになりましたとさ

そんなこんなの見聞録、次回は京都編をお送りする?かも?ですw

水錬にっき | permalink | comments(0) | -